夢の終わりに

第 9 話


無事に3日の興業を終え、俺たちは芸人たちと打ち上げをした。
スザクは始終楽しそうに酒を煽り、ルルーシュはワインを開けていた。
おいおい未成年が飲み過ぎるなよと止めたが、ワインぐらいでは酔わないし、酔っ払いの相手を素面でできるか!と言われてしまい、まあ、この酔っ払いに囲まれて素面でいれないその気持ちはものすごくわかってしまい、それ以上は言えなくなった。かく言う俺も素面では無理だからこうしていつも以上に飲んでいるわけだし。
ルルーシュは育ちがいいと思う。安物の酒を安物のグラスで飲んでいるのに、別世界に見えるほど上品で洗練されて見えた。そんな所もあいつによく似てる。食べてるつまみも全部俺達と同じはずなのに、納得いかん。悔しいからおっさんもルルーシュの真似をして飲んでみたが、周りから似あわない、無理しすぎ、何?笑う所?と散々な言葉を投げかけられた。ひどい、おじさんだって傷つくんだぞ。
芸人たちはこれから別の町へ移動し、そこの祭りに参加するのだという。そこでも芸を披露し、お金を貰う。それが彼らの仕事なのだ。今回のようなパントマイムショーをメインとした祭りではないけれど、結構いい金になるんだとか。旅芸人も大変だなと思うが、彼らはとても楽しそうだった。
彼らが立ち去る時はこれまた大変で、スザクに一緒に行こうとそれはもう熱心に説得をしていた。スザクが加わるかどうかで収入が天地ほど違うらしい。顔もよく芸もすごい。あれほどの集客力を持つカリスマ性。そりゃあ、喉から手が出るほど欲しいだろう。でもスザクは迷うことなく断り続けた。「またどこかで会った時には、声をかけてください」と、にっこり笑顔で言う。前回もそうやって別れてこの町で再会し、こうしてまた一緒に芸を披露したのだから、また次何処かで会った時にはきっとスザクは手伝うだろう。
日をまたぎ、朝日が眩しい時間に三人そろって宿に向かった。
宿は明日まで借りているから追い出されている心配も無いし、これから三人ともベッドで爆睡することになるだろう。だって俺は眠い、非常に眠い。
あれだけがぶがぶ飲んでいたスザクはけろっとした顔をしており、ルルーシュは反対に足取りがおかしい。ワイン程度じゃ酔わないんじゃないのか?とからかいたいところだったが、一人で帰ろうと思えば帰れたのに、俺たちが楽しんでいるからと文句も言わずに待っててくれたんだから、何も言うまい。
それに、酔っ払いはスザクが世話をするから大丈夫だろう。

「いやー飲んだ飲んだ。久しぶりに飲んだな~」
「そうだね、こんな生活してると、あんまり飲まないもんね」
「しかもおごりだぜ?太っ腹だよなぁ」
「僕もびっくりするぐらいお金もらったよ。この3日でものすごく稼げたって言ってたから、芸人にとっては美味しいお祭りだったんだね」

まるで他人事のように言うから、おいおい無自覚かよとあきれた。

「いやいや、お前がいたからこそだろ」
「そんなことないよ。僕がいてもいなくてもあまり変わらないよ」

他の見世物も盛況だったが、スザクたちはそんなもんじゃなかった。前日来た客、見れなかった客も押し寄せて開演前から黒山の人だかり。芸人たちの技量は間違いなくすごかったが、その中心にいたのは紛れもなくスザクで、だからこそ皆が引き込もうと躍起になっていたのに。収入が天地ほど違うって話もちゃんと聞いてなかったな?

「そうかな~」
「そうだよ、みんな大袈裟なんだ。見た目が若い僕を入れた方が見栄えがいいのはわかるけど。彼らのお世辞を真に受けるなんて、リヴァルはホント騙されやすいよね」
「いやいやいや、あれお世辞じゃなくて本心だろ」
「そんなことないよ。・・・ルルーシュ?」

ふらついているルルーシュを支えながら歩いていたスザクが足を止め、ルルーシュの顔を覗き込んだ。

「どうした?はきそうなのか?」

心配になり覗き込むと、その両目は完全に閉じていた。

「・・・寝ちゃったみたい」
「歩きながらか?器用な奴だなぁ」

まあ、この三日凄く疲れていたから、今までよく持ったと考えるべきか。その上あれだけ飲んだからこうなるのは当然か?

「リヴァル、手伝って」
「よっし、まかせろ」

ルルーシュをスザクが背負い、宿を目指す。
細いとはいえ、俺より身長が高い男一人を背負っているとは思えないほど軽い足取りでスザクは歩いた。ホント体力化物だよなぁ。あれだけ日中動いて疲れないのかよ。羨ましい奴だと思ってしまう。
ルルーシュの体力の無さを見ているから余計に。

「で、お前この後どうするんだ?」
「この後って?」
「そろそろ、ここを出るつもりなんだろ?」

祭りは終わったし、それがなければ観光には弱い町だ。
長く留まる理由は思いつかない。

「あーそうだね、お祭りも終わっちゃったし、移動するんだろうね」

どこか寂しげにスザクは言った。
元々、俺たちは他人同士。
たまたま知り合い、たまたまここまで一緒に来ただけに過ぎない。
移動するという事は、俺たちが別れる事を意味していた。
この、夢のような奇跡の時間が終わるのだ。

「で、スザクは何処に行くんだ?」
「リヴァルはどこに?」

おっと、質問を質問で返してきたか。

「俺か?決めてない。・・・というよりは、どこでもいいんだ。世界中渡り歩くのが趣味だからさ。だから、おじさんが邪魔じゃ無けりゃ、まだしばらく一緒にいたいな、なんてな」

頭ではわかっているんだ。
こいつらは、アイツラじゃないって。
だけどやっぱり、離れがたい。まだ、一緒にいたい。

「うん、僕も目指している場所があるわけじゃないから、まだ三人でいたいな」

先ほどの寂しさが消え、嬉しそうに言うスザクに、俺も嬉しくなる。年の離れたおっさんとの旅なんて面倒だろうに、ホントいいやつだ。
だけど、俺たちは10代、20代、30代と年齢はばらばらなのに、面白いほど気があった。まるで、同じ年代の友人同士のように接してくれて、俺はそれがものすごくうれしかった。まるで、あの頃の続きを生きているみたいで、夢を見ているような気分なのだ。終わりはかならず来るけれど、あと少し続いてくれるなら、これほど嬉しいことはない。

「おー、解りますかスザクさん」
「うん、わかりますよリヴァルさん」

いい年をした男二人はくすくすと笑った。

「じゃあ、後はルルーシュ次第か」
「だね。僕たちはバックパッカーだけど、ルルーシュは違うから」

だらだらと旅をしている自分たちとは違い、目的地もしっかりしているだろうしとスザクは笑った。
そう、俺とスザクはバックパッカー。バックパック一つを背負い、国から国へと渡り歩く、自由気ままな旅行者だ。あー、でも俺の場合は旅じゃないか。
何せ俺は不老不死。
この体では一ヶ所にとどまっていられないから、旅から旅の根なし草の生活を選び、世界を渡り歩いているだけに過ぎない。パスポートやビザさえどうにか出来れば、この生活に不自由は無いから。
あれからどれだけの月日が過ぎたのか、もう意識するのは止めてしまったが、軽く100年は生きている。新聞やカレンダーを見れば、ああ、こんなに時間が経ったのかと感じ、死ぬことのない体に絶望する事もあるから、その辺は見るのをやめ、気にする事もやめたのだ。
どれほど絶望しても死なない事に代わりはないから、考えるだけ無駄。
・・・最初は楽観的に考えていた。
不老不死なんて別に地獄でも何でもない、それって全人類の夢じゃんって思ってた。 でもそんなのは最初だけ。とっくの昔に戸籍は消え、俺が生きていた記録も消えてしまった。家族も知り合いも皆土の下に眠っている。この広い世界に一人残される寂しさなんてこれっぽっちも考えてなかった。そのうち事件に巻き込まれたり事故に巻き込まれたりで数回死んで、幸い蘇生は誰にも見られずに済んでいるが、生き返るたびにじわじわと恐怖が生まれてきた。あー、俺は化物だ。殺しても死なないなんてゾンビだゾンビ、バイオハザード、生きた死体だと、自分で自分が怖くなった事もあり、暫く鬱々と過ごしていたものだ。でも、別の誰かに移せば死ねる事を思い出し、それならばもう少し、あと少し、あいつらが命がけで作った平和な世界を見て歩こう、もうちょっとだけとズルズル生き続けていた。
なんだかんだいって、生きるのも怖いが、死ぬのも怖いのだ。
でもそうやって生き続けてよかったと今なら言える。
だってこの二人に、出会えたから。

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